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アンダーグラウンド界の男版上沼恵美子になりたいとおもっています。

Biography

名前: 双葉 双一(FUTABA SOUICHI)
誕生日: 1976年11月11日
出身地: 宮城県東松島市

幼少より詩作をする。小学一年の時に作った「雲」という詩が、地元新聞に掲載。
現存するものとしては「ストリップ小屋の思い出」がある。
他に、「校内球技大会の惨劇」「白鳥さんの成績表を届けた話」「先生、いじめたのはM.T君です」「津波?迷信だろ」等。
長渕剛に憧れ、中学時代よりギターとハーモニカを始める。
高校進学後は上級生のビジュアル系バンドに所属し一時期エレキギターを担当していた。
シューゲイザーに興味を持ち、バンドメンバーを3年間探し続けるも徒労に終わる。
同時に大江健三郎やドストエフスキーを読みその作品の節に曲をつけたりする中で、友部正人ベストセレクションを聴き、フォークミュージックにも関心を向ける。

大学進学で上洛。老舗ライブハウス拾得で毎週開かれる飛び入りライブデーに参加し、15分の持ち時間の中で、主に高田渡や加川良、遠藤賢司の曲をレパートリーとしていた。
やがて拾得のマスターに認められ、京都のロックバンド騒音寺等と共演するようになる。尚この時期のオリジナル作品は、「オートバイ少女」「ポケットと冷たい手」等があるが、まだまだ少なかった模様。

20世紀最後の大晦日の夜、拾得の年越しライブへ出演。
この時、持ち時間を守らなかったため(一説では出演の許可さえ下りていなかった)以後出演禁止となる。
しかし、この夜の彼のステージを目撃していたマスターの息子であるsunzriver氏が、東京のプロダクションに話を持ちかけ、デビューのきっかけを作った。

2001年、1stアルバム「双葉双一に気をつけて」でデビュー。
以後、2002年、「春と乙女」、2003年、「ママレードパイのかわいい食事」をコンスタントに発表するも、2004年、「涙の小鳥」を最後に、突発性難聴及び強迫神経症等による弊害のため5年間の活動休止を余儀なくされる。
2009年、「手に捧げる歌」により活動再開。
同アルバム収録曲「イン・ザ・ナイト・マイ・フェスティバル」は11分に及ぶ自伝的大作である。
2012年、「現代の神話Ⅰ~modern mystics volume1」、同年12月、Dr.kyOnプロデュースによる「R離棟からの手紙」と、これまで7枚のフルアルバムを発表している。

京都のボブ・ディランと呼ばれることもある。
映画ドント・ルック・バックでボブ・ディランが電球を持ち歩いたことをまね、高校時代の彼は自転車のサイドミラーを持ち歩いたという。

またこれまで、共犯幻想、続・共犯幻想、人生ゲーム等のバンドを結成したが、いずれも短命に終わっている。